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小値賀島へ 雪浦8人旅・・・その2:小値賀島の観光戦略を探る

「自然と共存する素朴な島の日常。

人々と共に笑い、助け合いながら 身の丈にあった暮らしをすること。

それこそが 人間のほんとうの生き方だと 沢山の人々が気づいてきたのでしょう。」

「小さな島で」という 小冊子のあとがきの一節です。

いったい小値賀の何が人々の心をとらえるのか、いったい誰が、いったいどうやって・・・・、なぜ、この小さな島が輝きを放っているのか・・・

それを探るため、われらNPO法人雪浦あんばんね8人組の視察団、小値賀の旅 その2

 

さて、島に着いて、昼食を済ませ、さらに元気が出てきた一行は、島に到着してすぐに出会った濱元さんの民泊へおじゃましました。

漁師さんや農家さんのなど、島の一般家庭に宿泊し、家族と同じように生活する「民泊(みんぱく)」。お手伝いしながら郷土料理を教わり、魚釣りをして、魚を一緒にさばく。一緒にお菓子を作ったり、カヌーで海を満喫したり・・・。旅館や民宿とは違う、島の暮らしを体験できる民泊は、小値賀島の人気の滞在の形となっている。今回、突然おじゃましたのは、「民泊おくばと」。もうずいぶん前から民泊をしているという。

私たちのために、お饅頭を作って待っていてくれました。

濱元さんは、昔から、困っている人がいると、すぐに声をかけ、お世話をすることが多かったといいます。ある日、ひとり旅の女性が家の裏でキャンプをしているのを見て、「危ないから家に泊まりなさいな・・」と声をかけ、家に泊めたこともあったそうです。会ったこともない他人を快く迎え入れるおおらかな心を持った方のようですね。民泊を始めたのも、なんとなく自然の流れだったそうです。でも、最初のころは、どうしたら喜んでもらえるのか・・・いろいろ考えて、いろいろ世話をして、旅行者を送り出した時には、ぐったりと疲れはてていたそうです。こっちがこんなに気を使って疲れていては、きっと相手も、気を使って疲れてしまっているだろう…と思うようになり、地でいこう!!とやり方を変えたそうです。そうしたら、お互いに楽になって、自然体がかえって喜ばれるようになったそうです。

島から帰ってからも、度々手紙が来たり、ファックスで近況報告があったりするそうで、再び、訪れてくれて「ただいまー」といわれると、民泊を続けていて本当に良かったと思うそうです。

個人の旅行者のほか、小・中学校や高校の修学旅行で、「教育旅行」として、民泊をする学校も増えてきているそうです。

小値賀島では、民泊に登録した家には、このような手作りの民泊民家登録証がもらえるそうです。小値賀島は大変民泊に力を入れている島で、平成18年には、7軒の民泊登録でしたが、今では、30軒以上が民泊登録をしているそうです。

福岡、関東、東京からの旅行者、1~3泊の旅行が多く、民泊と古民家、民泊と旅館などの組み合わせで滞在する人も多いとのこと。島での、いろいろな暮らし方を楽しんでいるようです。

手造りの看板がお客さんを出迎えてくれます。(ごめんなさい・・・目をつむってしまっていました・・。)

さて、濱元さんの優しさにすっかり癒され、島の観光地を一通りぐるっと巡った後(詳しくは、小値賀島へ 雪浦8人旅・・・その1:小値賀島の歴史と自然を中心に)、ようやく本日の宿、古民家「鮑集(ほうしゅう)」へ到着しました。

小値賀島の旅の人気は、古民家ステイ。古民家ステイは、小値賀島のいくつかの集落の中に点在する一棟まるごと一組様貸し切りの宿泊滞在施設です。築100年以上の古民家を趣や日本の美はそのままに、快適な空間にリノベーション。

“暮らすように過ごす“、”暮らすように旅をする“、これが、小値賀島の時間。

ここが「鮑集」の玄関。看板も何もなく、あるのはこの小さな表札だけ。小値賀島には、古民家が6棟あります。定員は、2名から6名までと古民家ごとに異なります。金額も古民家ごとに異なります。私たちが宿泊した鮑集という古民家は定員が6名。私たちは、素泊まり・食事なしで、一人12000円。食事を希望するときは、別注文できます。http://ojikajima.jp/category/kominkastay/kominka

素泊まりで12000円は、高いと感じる金額。しかし、実際に宿泊するとその価値がよく分かります。

大変美しい、暮らしてみたくなる古民家です。

古民家の良さを残したまま、快適さを追求した、芸術作品のようなこの住まい。

ここは、玄関。格子ごしに差し込む光のやさしいこと。

家の真ん中には、掘りごたつ風のくつろぎの空間。

ほしいものがさりげなくそこにあり、無駄なものが一つもない。シンプルな心遣い。

トースターも電子レンジも、棚の中に収納されています。

冷蔵庫も格子の扉の中に。

大きなアイランドキッチン。

必要なものは、全て収納されています。

アイランドキッチンの引き出しの中には、人数分の食器が並んでいます。さらに、その食器は、とてもいいもので、手にして豊かな気持ちになります。

違う引き出しには、自炊に必要なもの一式。鍋もフライパンも、お玉もフライパン返しも味噌こしも・・。手にしっかりとくる高級なもので、おもわず料理をしたくなります。

使いやすさが、よく考えられています。

まるで、ここに住んでいるような、自分の家のような、そんな感覚。暮らすように旅をする・・・・、暮らすように過ごす・・・・。

こんなところに住んでみたい・・・・そういう家に住んでいるような旅ができる。うーーーん、これはすごいよ。

美しいでしょ? 何もかも、いいんです。

檜のお風呂は足が届かないほど大きい。このお風呂に入るために、ここに泊まるといっても言い過ぎではない。

部屋には、お布団が敷かれていました。こんな広い部屋に、こんなにゆっくり寝れるんです。

この贅沢さ。日常から解放され、体の内側から癒されていきます。窓枠も、網戸の枠も木製サッシ。スポットライトの間接照明で、部屋の雰囲気がさらに増しています。隅から隅まで考えられた心づくしの部屋です。

家具も、重厚で時代を感じます。照明も美しい。

もう一つの寝室。

いいね! 最高だ!

庭の照明にもこだわっています。

若者二人は、すぐ近くの港で、釣りをしてきました。

短時間でこの釣果。大漁です。他にも、イカを釣ってきていました。

夜中の2時ごろまで、お酒を飲みながら、語り合いました。これからの雪浦のこと・・・どんな田舎にしたいのか・・・・。今、NPO雪浦あんばんねは、新たな大きな活動を始めたところ。したいことが沢山。夢は、まだぼんやり。それを今から形にしていきたいところ。出来ない理由を語るより、やりたいことを語りたい。お酒も手伝って、気持ちは、ますます高まります。小値賀島が、どうしてこのような大胆なことができたのか。小値賀島の活動の経緯を知りたい。周りをどのように巻き込んでいったのか、そのやり方を聞きたい。

あのお布団でゆっくり休んで・・・・・窓際のテーブルで港を見ながら朝食です。

あれっ? 飲みすぎかな? ちょっと頭痛が・・・。

あのキッチンで、ささっと作った朝食です。なかなかでしょ?

窓の向こうの景色。まるで絵のよう。

さあ、この旅の一番の目的地 ーNPO法人おぢかアイランドツーリズムのレクチャー へ出発です。島で一か所の信号も青です!!

私たちが満喫した小値賀島の観光の仕掛け人 NPO法人おぢかアイランドツーリズムのレクチャーが始まりました。

 

現在忘れられつつある美しい日本の原風景が残る小値賀は、「日本で最も美しい村」にも選ばれています。

平穏な小値賀島が、観光の島として輝くまでには、いろいろな選択と柔軟な対応がありました。

小値賀島ウィキペディアより・・・

  • 2004年(平成16年)- 小値賀町において佐世保市、宇久町、小値賀町の合併についての住民投票が行われた。
    • 反対が1297票、賛成が1243票(投票率85.42%)で、合併は反対された。
  • 2008年(平成20年)1月と4月に佐世保市長が小値賀町を訪問し、合併協議の申し入れを行ったが、町長(当時:山田憲道町長)はこれを受け入れなかった。これにより、小値賀町は他の自治体と合併せず、単独で歩んでいく道を選んだ。

2004年(平成16年)、小値賀島は、合併をせずに、単独で歩んでいく道を選びますが、投票数を見ると、わずか54名の差。

小値賀島は、捕鯨で栄えた豊かな島でした。昔から人の行き来が多く、島外の人も受け入れやすい基盤があったと思われます。

今回レクチャーをしてくださった末永さんも、親から「人の出入りの多い家ほど栄える」と言われてきたそうです。末永さんの親も、また、その親から同じことを言われてきたということです。

 

小値賀町の体験型観光のはじまりは、小値賀本島の東海上に浮かぶ急峻な地形の野崎島にある「野崎島自然学塾村」。

「野崎島自然学塾村」は、昭和60年3月末で廃校になった小値賀中学校野崎分校の校舎を活用し、平成元年度に開設した簡易宿泊施設です。

手つかずの自然が残る野崎島の魅力は口コミで広がり、開設2年目には初年度の約3倍に上る2,319人の利用がありました。平成10年度から12年度にかけて環境省の「ふるさと自然塾」事業を活用して、本格的な体験プログラムの提供が可能な任意団体「ながさき島の自然学校」を平成12年に設立しました。

「ながさき島の自然学校」は、カヌーツーリングや野崎島エコツアー、漁業体験や子どもキャンプなどの事業をボランティアスタッフである住民が協力して実施していました。

その後、1人のIターン者が小値賀の日常に目を向け、 都市との交流拡大のため農家や漁家に直接宿泊してもらう宿泊形態を提案。平成18年度に「小値賀町アイランドツーリズム推進協議会」を設立し、 現在の小値賀観光の核ともいうべき「民泊」(農林漁業体験民宿)の取り組みが始まりました。

平成19年には、 従来からあった「小値賀町観光協会」と前述の「ながさき島の自然学校」及び「小値賀町アイランドツーリズム推進協議会」の3者を統合して「NPO法人おぢかアイランドツーリズム協会」が設立されます。小値賀町内での体験事業及び民泊、観光情報の案内に関するワンストップ窓口として業務を行うようになりました。

(参照:全国町村会)

島ぐるみの観光事業への取り組みがどんどん注目され、高い評価を受けます。

・アメリカ高校生の国際修学旅行(PTP)の二年連続「満足度」世界一位

・オーライニッポン内閣総理大臣賞

・JTB交流文化賞グランプリ

・エコツーリズム大賞優秀賞

・グリーンツーリズム大賞・・・・・

 

こうして、観光の島として注目され、島を訪れる観光客や事業規模は3倍になりました。事業規模は一億円、常勤職員は十数名。小値賀の魅力にひかれ、この10年間で300人を超えるIUターンの移住者がありました。しかし、残念なことに、全体の人口は、12000人が2500人へと減少していってしまいます。

小値賀町の中学3年生の3人に1人が「小値賀島で就職したい」というアンケート結果があるそうです。島が好きで、ここに住み続けたいと思っていても、実際に仕事がないのが現状なのです。

一日目にポットホールで出会った高校3年生たちも、卒業後はみんな島外へ出ると言っていました。悲しい現実です。

しかし、観光客が増えていくことで、島の小さなお店の商品や魚介類や野菜も売れるようになったり、古民家や民泊、民宿、旅館などの仕事も増えていっているのは確かです。島全体に、観光の効果は、着々と広がっているのです。また、日本中、世界中の人が、小値賀島に注目することで、「地域の人が、自信を取り戻していっている」。これは、目に見えないことだけど、素晴らしいことだと思います。

「体験型観光」というと子供を対象にするものが多い中、ここでは、ゆったりしたい「大人のニーズ」に応えるために、古民家ステイ、古民家レストラン、大人の体験プログラムといった、上質な食・上質なコンシェルジュサービスを展開していきます。古民家ステイは、アメリカのアレックス・カーという東洋文化研究者がプロデュースしました。アレックス・カーは、「失われゆく日本の山里の美しさや伝統を、今にあった形で、持続可能なものとして残していこう」と、小値賀島のほか、徳島県や奈良県などでも、古民家再生のコンサルティングをしている方です。私たちが泊まったあの素晴らしい古民家です。

こうした取り組みで、小値賀らしい旅、暮らすように過ごす、暮らすように旅するといった、あたらしい滞在型の旅ブランドを構築しいていきます。

 

小値賀島には、ホームページとともに、リーフレットが多くあります。これらを見て感じるのですが、「美しく穏やかな風景と、優しい色調と語り口」で、小値賀のイメージが統一されています。これが小値賀ブランド。

小値賀に行く前から、小値賀のイメージや小値賀らしさが、体に染みるように伝わり、行く前から、小値賀のファンになっていることに気づきました。すごいね!小値賀の観光戦略って!!

島を訪れる観光客の問い合わせや受け付けは、一括して「おぢかアイランドツールズム協会」が受けます。お客さんの希望に合わせて、旅のアレンジをしてくれるのです。島全体のご案内、船の案内、相談、各種手配・・・希望の体験活動があれば、それを体験できる民泊を紹介したり、人数や希望に合わせて古民家を紹介したり・・・。民泊をしている方から聞いた話ですが、旅行者の支払う民泊料から、二千円くらいが手数料として協会に入るそうです。これが協会の資金源もなっているのですね。協会が、民泊と観光客との橋渡しをしてくれるので、安心して受け入れることができると言っていました。天候により船が出ないことも多いそうですが、そういうときの対応も協会がしてくれるそうです。協会と民泊との信頼関係、絆がしっかりと結ばれていることを、民泊の方と実際に話して感じました。民泊の受け入れ家庭が、最初は7軒であったが、今では30軒を超えているのも、協会の地道な活動の結果なのだと思いました。

驚いたことに、これらを行っているスタッフは、たった12名です。そのうち4名が地元の方で、8名がIターンの移住者。ほしい人材は、全国に募集し、面接をして決めるそうです。

島の観光業の枠組みは、しっかりとスタッフが固め、民泊や体験などを、地元に頼る。仕事として、地元の方が受けるので、観光事業として持続していける。しかし、大切なことは、民泊の方は、損得でないところで、お客さんと、向かい合っているということ。「この島に来てよかった、楽しかった、また来たい」と思わせる、心づくしのおもてなしをしているということです。実際、一人で宿泊される観光客も多いそうですが、そんな時は、赤字になることもあるそうです。でも、「そんなことは関係ない!」と、言い切っていました。「喜んでもらえたら嬉しいんです」と。島を歩いていて感じたことは、民泊の方だけでなく、島全体が、旅行者を受け入れてくれていることでした。出会った方は、みんな、笑顔で話しかけてくれました。この島には、旅行者の居場所がちゃんとありました。とても素敵なことです。

レクチャーのあと、私たちは、とてもすがすがしい気持ちで、この坂道をくだりました。

小値賀島は、島を挙げて観光事業へ取り組み、行政との連携も強く、また、資金源として、指定管理制度でいくつもの仕事を請け負っていました。私たちの雪浦とは、規模が違いました。しかし、根っこのところで、多くの共通点を感じました。小値賀島とはまた違うかもしれないけど、きっと雪浦には雪浦にあったやり方があり、きっと私たちの進んできている道は間違っていないんだ・・・。迷ったり、不安になったりせず、大切なことを見失わないようにして進んでいこう!!

ぼくはきっとできるとおもう。なぜならぼくらがそれをいまかんがえているのだから・・・

大好きな宮沢賢治さんの言葉がうかんできました。

「愛の心で 他人(ひと)の子もしかりましょう。」 帰り道、見つけた看板。やさしいなあ。

島での最後の昼食は、「おーがにっく」さん。マスターは、元歴史民族資料館の学芸員さん。いろいろ話を聞きたかったけど、2時間半のレクチャーのあとで、頭の中はいっぱい!

フェリー乗り場へ、向かいます。

わたしたち、この2日間、道の真ん中を堂々と歩いてました。旅に出ると、大胆になるのかな・・・。

 

通りをちょっと入ったところに、「魚あります」の看板を見かけ、ふらっと立ち寄りました。

島のあちこちに、「民泊してみませんか?」の張り紙がありました。民泊を受け入れてくれる民家さんを募集する張り紙です。まだまだ小値賀島は進んでいくのですね。

フェリー乗り場の中にも、あちこちに、民泊コーナーがあります。

上の写真に写っているのが、レンタサイクルの自転車です。

このフェリー乗り場も、指定管理で協会が管理しています。そして、事務所もここにあります。

隣のお土産屋さんも、協会が運営しています。

ああ、楽しかった!!

フェリーなるしおで帰ります。

たった一泊二日の旅でしたが、もう何日も島にいたように感じます。

さあ、雪浦に帰ろう


ゆきや

MORITAYA

あんばんね農園

雪浦ウィーク