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田中葵さん、青年海外協力隊としてエジプトへ。独占インタビュー🎤

雪浦のみんなの人気者、田中葵さんが、JICA青年海外協力隊員としてこの1月10日にエジプトのアスワンへ出発します!

雪浦には協力隊OB/OGが多い時には8名住んでいました。(びっくり!現在4名が在住)が、この度、雪浦より新たに海外に赴く葵さんに、これまでの経験や抱負などインタビューをしてみました。読み応えたっぷりです。

 

 

Q:まず、これまでの経験について

A:葵

雪浦出身、雪浦小学校、大瀬戸中学校、諫早日大高校、佐賀女子短大(福祉専攻)卒。短大時に介護士資格取得。その後、音楽にも興味があったため、大阪の音楽専門学校にも通う。大阪では老人ホームヘルパーや障害を持つ子供たちのガイドヘルパー、また長崎県小値賀町の飲み屋、和歌山県の旅館でも住み込みのバイトなど様々な職を経験。その後、大阪で出会った人々が特殊な環境で育った人々が多かったため、色々と考えさせられ、雪浦に帰郷するのを機に福祉の職に戻ることを決意する。帰郷後は、佐世保の障害者支援施設で介護士、中学校の心の教室相談員を経た後、自身が卒園した地元の保育園で恩師と一緒に働く。働きながら保育士資格取得。

親には30までは好き勝手!と言い残し、高校進学を機に雪浦を出て、その後約束通り30歳になって雪浦に戻ってきた。が!それからさらに10年後、40からも好き勝手!と宣言し、今度は海外へ出ていく。

 

 

Q:青年海外協力隊への応募のきっかけは?

A:葵

今まで出会った人々に青年海外協力隊経験者が多数おり、以前から活動の話は聞いていた。そしてその人たちから「葵には絶対合うよ!」とお勧めされてきた。また、昔から「海外に行ってみたいな」という思いはあった。39歳になり、当時は青年海外協力隊への応募が40歳までという規定があったため(*現在は廃止)、介護や保育の資格もあるし、経験もあるし、最後のチャンス!とばかりに(ノリと勢いで)応募。

 

 

Q:エジプト・アスワン市での仕事に応募した理由は?

A:葵

もともとずっと障害児とかかわる仕事をしたかった。また自分の経験と知識、スキルを活かしながら、直接現場で働ける仕事を探していた。応募先の選択肢は色々あったが、自分にぴったりだ!と思ったのが、たまたまエジプトのアスワン市だった。

 

 

Q:アスワンでの仕事内容は?

A:葵

障害児・者が通う幼稚園を運営するNGOのYMCAアスワン・マサラ支部で勤務する。マサラ地域では、まだまだ障害児に対する支援活動が行き届いておらず、また幼稚園には専門知識を持つスタッフもいないため、保育士が独学で障害者に接しているというのが現状である。そのため現地では、専門知識・スキルを持った隊員として、障害児・者や保護者へのケア、現地スタッフへの助言や育成をおこなう。

 

 

Q:アスワンってどういうところ?

A:葵

アスワンはエジプトの南、ナイル川沿いに位置している。アスワンハイダム、アブシンベル神殿などの観光地あり。(下の地図の、右下、青い下線のところ。)

 

言語はアラビア語のエジプト方言。アラビア語は地獄。覚えることが多すぎる。毎日呪文と闘っている感じ。真剣に勉強し始めて2か月くらいで、読み書き自己紹介、簡単な会話をマスター(したつもり)。

 

 

 

Q:選考に通過してからの流れは?

A:葵

選考通過後は、福島県二本松市の訓練場で70日間みっちり研修をうけた。語学やJICA・青年海外協力隊の活動について、安全対策、感染症などの講座、地域実践、フィールドワークなどを他の選考合格メンバーと一緒にこなした。

 

 

Q:地域実践ってなんですか?

A:葵

地域実践は、それぞれのメンバーが自分の興味のある地域を選択し、同じ地域を選択した他のメンバーたちと、その地域の課題への解決策を提案し実施する、という訓練。

選択した地域の課題は、震災で仮設住宅に住んでいる人々同士の交流をどうやって生んでいくかということだった。交流の場を作って、継続してイベントをしていきたい、という地域の想いを実践すべく、地域の人々と一緒にイベントを企画。イベント当日は150人くらい集まる大きなイベントになり、イベントスタッフで形成した音楽隊としても場を盛り上げた。大事なことは、自分たちがその地域を去った後も、地域の人々が、そして周りの協力者が引き継いでやれるように、後々のことも考えてプランニングをすること。

 

 

Q:フィールドワークとはなんですか?

A:葵

メンバー全員が複数の班に分かれ、班ごとにある課題についての解決策を打ち出す、という訓練。フィールドワークの終わりには、班ごとにプレゼンをし、順位や評価の成績もでる。

今回のテーマは、地域のお祭り・菊の展示祭りでの集客を図る、ということだった。毎年、日本の歴史より展示テーマが選択され、今年のテーマは光源氏だった。班では、来場客のうち割合が少ない男性・子供層をどう取り入れていくか、ということ焦点に話し合いが進んだ。最終プレゼンでは、光源氏がテーマの寸劇をしながら、班が考えた集客方法を発表するという方法を選択した。役柄はもちろん、葵上。まあまあうけた!他の班はSNSを駆使したり、菊祭りのテーマソング、コマーシャル用の動画作ったりしていた。

 

 

Q:研修の感想をお願いします

A:葵

研修は月-土曜までみっちりだったけど、その分日曜日の休みは他のメンバーと思い切り楽しんだ。「バーバー葵」を開き仲間の髪を切ったり、談話室で喫茶店をオープンしたりした。段ボールやビニール袋で看板も自作した。音楽室で音楽好きの仲間とセッションしたり、体育館でも遊んだ。訓練所で出会った人々は、それぞれが専門知識や技術を持っていて、魅力的で個性豊かな人々だった(いかに自分が良識のある人間かと気づかされたくらい笑)。今振り返れば、みっちりの70日間もあっという間に過ぎ、楽しい修学旅行に行った気分。ただ、アラビア語には殺されかけた。

 

 

Q:派遣を年明けに控えた今…

A:葵

わくわくしてること

どんな人との出会いがあるか、面白い人に出会いたい。観光名所がいっぱいあるから、見てみたい。友達でもエジプトに遊びに来たいという人がいっぱいいるので、案内できるようにエジプト観光をマスターしたい。

 

不安なこと

アラビア語しゃべれるかな?おなか痛くならないかな?暑すぎて大丈夫かな?

 

Q:知っておきたい田中葵についての豆知識

A:葵

できること

お絵描き,創作(ものづくり)、音楽、子供と年寄りに好かれる、人の髪を切る、くだらないあそび

 

できないこと

語学と結婚(笑)

 

雪浦ですきなところ

海が近い、星が近い、地域の寄り合いが多い(飲み会)

 

自分の人生やりきった!楽しかった!そして、ありがとう!と思いながら亡くなりたい。

 

Q:最後に、みんなに一言お願いします!

A:葵

葵おらんくなってさみしいかもしれんけど、泣くなよ!

人生すべてご縁。いろんな人と出会って関わることによって、自分の人生も豊かになるし、選択肢も広がる。出会ってきた人々との交流は今でもある。

何をするにも楽しむことをモットーに。ただ、好き勝手やりながらも感謝の気持ちは忘れないように。興味があるところにはどんどん飛び込んでいくべし。だけど、やらなければならないことはちゃんとやること。

プラスアルファ―を思いつける人が、何をするにしても伸びる。想像力を開放せよ。経験値をあるにこしたことはない。人間力大事。つまらないこともあるけど、無駄なことは一個もない。

引きこもりの日があっても、心と体の休養ととらえる。見方を変えて、日々を笑って過ごして、人生は適度に程よく。なんとかなるなる!

 


ゆきや

MORITAYA

あんばんね農園

雪浦ウィーク